仙台で終わるつもりはない。
仙台を愛しているから始めたわけではない。世界を目指す途中で、たまたま最初の実験場が仙台だった。仙台えらぶ!を地域メディアで終わらせず、「えらぶ」を支える世界共通の意思決定インフラへ育てたい。
SENDAI ERABU EDITORIAL
CITY / WORLD
世界を目指す途中に、いま、たまたま仙台がある。
FOUNDER ESSAY / 003
“世界を目指す途中に、いま、たまたま仙台がある。”
仙台で終わるつもりはない。
最初に、はっきり書いておきたい。
僕は仙台が大好きだから「仙台えらぶ!」を始めたわけではない。
仙台という街に運命を感じていたわけでもない。
「この街に人生を捧げたい」と思っていたわけでもない。
もっと単純だ。
たまたま、そのとき僕が仙台にいた。
だから仙台から始めた。
それだけだ。
でも、始めた以上は徹底的にやる。
この街を歩く。
店を見る。
人を見る。
企業を見る。
金の流れを見る。
どこで人が迷い、どこで選び、どこで失敗するのかを見る。
仙台という一つの街を、徹底的に観察する。
僕にとって仙台は、目的地ではない。
出発点だ。
仙台に忠誠を誓うつもりはない
地域メディアをやっていると、「仙台愛」や「地元愛」を求められることがある。
もちろん、街を好きな人が街について書くのは素晴らしい。
でも、僕は自分の気持ちを無理に美化したくない。
仙台にずっと住み続けたいかと聞かれたら、分からない。
東京に戻りたいと思うこともある。
海外へ行きたいとも思う。
世界で仕事をしたい。
世界中の人と競争したい。
世界中の企業と仕事をしたい。
世界で名前の残る会社をつくりたい。
僕にとって「どこに住むか」は信仰ではない。
その時、自分が一番価値を生み出せる場所を選べばいい。
東京が最適なら東京へ行く。
ニューヨークが最適ならニューヨークへ行く。
シンガポールが最適ならシンガポールへ行く。
また仙台が最適なら仙台へ戻る。
街に忠誠を誓うのではなく、自分がつくりたいものに忠実でいたい。
それでも、仙台で始めた意味はある
仙台を選んだわけではない。
でも、仙台で始めたことに意味がないわけではない。
事業をつくる人間にとって、目の前にある環境は全部材料になる。
この街で暮らしているなら、この街を観察すればいい。
この街で商売するなら、この街で売ってみればいい。
この街に企業があるなら、話を聞けばいい。
この街に課題があるなら、解いてみればいい。
理由が後から生まれてもいい。
僕はそう思っている。
「最初から完璧な戦略があった」という物語をつくる必要はない。
多くの事業は、もっと偶然から始まる。
たまたま知り合った。
たまたま困っている人がいた。
たまたま技術があった。
たまたま、その街にいた。
重要なのは、偶然そのものではない。
偶然を、どこまで徹底して使い切れるかだ。
仙台は、僕にとって実験都市だ
僕はいま、仙台を一つの巨大な実験環境として見ている。
飲食店。
ホテル。
イベント。
観光。
移動。
買い物。
駐車場。
仕事。
住む場所。
地域企業。
行政。
商店街。
夜の街。
人が何かを選ぶ場面は、街の中に無数にある。
今日どこで食べるか。
誰とどこへ行くか。
どの店を選ぶか。
どのホテルに泊まるか。
どのイベントへ行くか。
どこに住むか。
どこで働くか。
どの会社と取引するか。
生活は、「えらぶ」の連続だ。
その意思決定を、一つの都市で徹底的に研究できる。
これは面白い。
仙台えらぶ!は、観光サイトとして始めたいわけではない。
グルメメディアとして終わりたいわけでもない。
地域情報を大量に並べるだけのメディアにもしたくない。
僕が知りたいのは、
人は、どうすれば自分に合った選択ができるのか。
ということだ。
仙台は、その問いを試す最初の場所だ。
地方都市だから、小さく考えるつもりはない
「仙台のサービスだから、仙台の規模に合わせる」
僕は、その考え方が好きではない。
地方で始めたからといって、地方で終わる必要はない。
顧客が仙台にいるからといって、会社の市場まで仙台に限定する必要はない。
本社が仙台にあるからといって、売上まで仙台から取る必要はない。
会社の所在地と、市場の大きさは別だ。
むしろ地方都市で会社をやるなら、
外から金を持ってくる会社にならなければならない。
仙台の人からだけ売上を取って、仙台の中だけで金を回す。
それでは市場の大きさに会社の成長まで制限される。
全国から売上を取る。
海外から売上を取る。
世界から人材を集める。
世界から投資を呼ぶ。
仙台にいることと、仙台だけを見ることはまったく違う。
僕がつくりたいのは、地方の中で完結する会社ではない。
地方にいながら、世界と直接つながる会社だ。
東京は、敵ではない
地方の話になると、東京を敵のように語る人がいる。
僕はそうは思わない。
東京には人がいる。
金がある。
企業がある。
投資家がいる。
本社がある。
意思決定者がいる。
新しい情報が集まる。
世界との接点も多い。
それなら使えばいい。
仙台か東京か、という二択にする必要はない。
仙台にいるから東京を嫌う必要もない。
東京に戻ったから仙台を捨てたことにもならない。
東京は、日本で事業をするなら極めて重要な市場であり、ネットワークだ。
必要なら行く。
必要なら住む。
必要なら何度でも往復する。
そして日本市場だけでは足りなくなれば、その先へ行く。
僕にとって都市は、アイデンティティではなく、戦略の一部だ。
「仙台えらぶ!」は、地域メディアで終わらせない
仙台えらぶ!をつくっていると、「地域メディアですね」と言われる。
いまは、それでいい。
実際、仙台の地域情報を扱っている。
でも、僕の頭の中では少し違う。
仙台えらぶ!でつくりたいのは、地域情報サイトではない。
人間の意思決定を支援する仕組みだ。
その人は何が好きなのか。
何が嫌いなのか。
何をしたいのか。
誰といるのか。
いくら使えるのか。
今どこにいるのか。
あと何分あるのか。
天気はどうか。
過去に何を選んだのか。
そして、その選択に満足したのか。
そうした情報を使って、
「人気だから」
ではなく、
「あなたには、これが合う」
を出す。
その仕組みが仙台で成立するなら、対象地域を仙台に限定する理由はなくなる。
仙台えらぶ!から、全国えらぶ!へ
仙台で意思決定の仕組みをつくる。
次は、それを別の都市へ持っていく。
東京。
横浜。
大阪。
福岡。
札幌。
名古屋。
京都。
神戸。
都市が変わっても、人は選ぶ。
食事を選ぶ。
ホテルを選ぶ。
休日の過ごし方を選ぶ。
仕事を選ぶ。
住む場所を選ぶ。
違うのは、選択肢と文脈だ。
「えらぶ」という行為そのものは変わらない。
だから、仙台でつくった仕組みを各都市へ展開する。
それが全国えらぶ!だ。
ただし、単純に仙台版をコピーするつもりはない。
それぞれの街には、それぞれの文化がある。
交通が違う。
時間感覚が違う。
店の密度が違う。
人間関係が違う。
金の使い方も違う。
地域ごとの文脈を理解しながら、判断の仕組みだけを共通化する。
ローカルを理解しながら、プロダクトはグローバルにする。
その形が理想だと思っている。
そして、世界えらぶ!へ
最終的には、日本だけで終わりたくない。
世界中で、人は選んでいる。
旅行先。
ホテル。
レストラン。
街。
仕事。
学校。
商品。
サービス。
人生のパートナー。
人間が生きている限り、「えらぶ」はなくならない。
むしろ情報が増えるほど、選ぶことは難しくなる。
インターネットによって情報は増えた。
SNSによって情報は押し寄せるようになった。
AIによって情報を生成するコストはさらに下がる。
これから世界は、情報不足ではなく、
判断過多
の時代になると思っている。
選択肢が多すぎる。
比較するものが多すぎる。
おすすめが多すぎる。
広告も多すぎる。
AIの答えすら多すぎる。
だから必要になるのは、情報をさらに増やすサービスではない。
自分に必要な選択肢だけを残す仕組みだ。
それを世界規模でやりたい。
Googleの次は、検索ではなく判断だと思っている
僕はGoogleを否定したいわけではない。
Google検索は、インターネット時代を象徴する発明だと思う。
ただ、人間が検索し、10件、20件、100件の結果を見比べる体験が、永遠に続くとは思っていない。
人が欲しいのは検索結果ではない。
答えでもない。
より正確には、
自分が後悔しにくい選択だ。
だから僕は検索の次を考えている。
情報を探す。
比較する。
口コミを読む。
SNSを見る。
また検索する。
その時間を減らす。
そして、その人自身の価値観から選択肢をつくる。
人間は「何がしたいか」を言う。
AIとデータが整理する。
最後に、人間が選ぶ。
僕が前の記事で「判断の民主化」と書いたのは、その意味だ。
AIに判断を奪わせたいのではない。
AIを使って、
判断の主導権を、その人自身に戻したい。
画面の中に閉じ込めないプロダクトをつくりたい
SNSの事業モデルは、多くの場合、ユーザーが長く画面を見るほど強くなる。
僕は逆をやりたい。
仙台えらぶ!を開く。
「今から何をするか」を決める。
店を選ぶ。
地図を見る。
そして画面を閉じる。
外へ出る。
誰かと会う。
食べる。
歩く。
音楽を聴く。
旅をする。
恋をする。
働く。
人生を生きる。
プロダクトの中に人間を閉じ込めるのではなく、
人間を現実世界へ返すプロダクト。
それがERABUの理想だ。
滞在時間が短いことが、成功の証拠になるサービスがあってもいい。
「3分で決まった」。
それでいい。
むしろ、それがいい。
仙台は、最初の1都市にすぎない
だから、仙台えらぶ!という名前に、僕自身が縛られるつもりはない。
仙台は重要だ。
最初にデータを集めた街。
最初にユーザーの行動を見た街。
最初に失敗した街。
最初に改善した街。
最初に「えらぶ」というプロダクトを形にした街。
その意味で、仙台はずっと特別な街になると思う。
でも、特別であることと、そこに留まり続けることは違う。
僕は仙台で成功して終わりたいわけではない。
仙台を使って、次へ行きたい。
全国へ。
そして世界へ。
世界を目指す途中に、たまたま仙台がある
「なぜ仙台から始めたんですか」と聞かれたら、格好いい答えをつくることもできる。
東北最大の都市だから。
テストマーケティングに向いているから。
地方創生をしたいから。
仙台が好きだから。
でも、それは僕の本当の答えではない。
始めたとき、僕はここにいた。
だから始めた。
それだけだ。
でも、僕はその偶然を無駄にしない。
いまいる場所を徹底的に使う。
目の前の市場で売る。
目の前の街を観察する。
目の前の人から学ぶ。
そして、そこで得たものを次の場所へ持っていく。
僕は「仙台から世界へ」という綺麗な物語をつくりたいわけではない。
もっと単純だ。
最初から世界を目指している。
その途中に、
たまたま仙台がある。
仙台で終わるつもりはない
仙台えらぶ!を、日本全国へ。
全国えらぶ!を、世界へ。
世界えらぶ!が本当にその名前になるのかは分からない。
会社名も変わるかもしれない。
プロダクトの形も変わるかもしれない。
技術も変わる。
AIも変わる。
僕自身の考え方も変わる。
それでいい。
前の記事で書いたように、100年続くものをつくるなら、形は何度でも変わらなければならない。
残したいのは、一つの思想だ。
人間が、自分の価値観で選べる世界をつくる。
情報を探す時間を減らす。
他人のアルゴリズムに選ばされる時間を減らす。
自分の「したい」から人生を始められるようにする。
そのための技術をつくる。
そのためのデータをつくる。
そのための会社をつくる。
僕が仙台でつくっているのは、地域情報サイトではない。
人間の「えらぶ」を支える仕組みだ。
だから、もう一度書く。
仙台で終わるつもりはない。
世界を目指す途中に、
いま、たまたま仙台がある。